青に透けた肉塊

君は変人に憧れている常識人だった。

詩う

わたくしは
わたくしは
指折り数えて
待つようになりました
お前を
お前を
断ち切ってはばたく
その日を

わたくしは
わたくしは
永遠の愛を誓いました
お前とは
お前とは
姿形も中身も違う
ある独りの阿呆へ

生きているのか
死んでいるのか
楽しいのか
悲しいのか
わからない
かわらない

不思議なものだ
お前とわたくし
誰も知らない
誰もが忘れて
傷だけが残った
涙だけが枯れた

今どこにいるの
野暮
今幸せでいるの
愚問

生まれ変わったら
また、会えるかな

小説「その棚」


「その棚」



大きなごみ収集車が通り過ぎて、家屋の振動に揺れたその棚は、まるでため息を吐いたようだった。一寸の隙間もなくつめられた書物がひしめき、埃がはらはらと落ちる。栞紐の垂れ下がったものは、それを小刻みに震わせた。上四段、下四段の室の中央に板が棚受で止められてあり、中はほとんど文庫本、上二段目左にはレースのカーテンがいくつかの画鋲で粗雑にくっつけられている。いかにも苦しげな本棚は、やがて車の音が遠くなるのをしずかに送って、再び呼吸を止めた。

午前もおそくに溶け出した日の光は、昼間になりようやく暖かく地上を照らし始めた。勾配の上に位置するこの家は、そんな秋めく日射を広く浴びて、湿度が高くなる。本棚は、やわらかな空気に書物やカーテンをさらし、冷えたその巨体をじっくりと温めるのだった。ところどころペンキがはげてささくれになっている縁が、室内の明るさを含んで棚の陰影を際立たせる。するとよく見える埃は上段に、とくに積もっていた。部屋に居た少女が出て行った三年前から誰も触れていないので、まだらに茶色くなってすらいる。家の主人がたまに、下段にあるあせた探偵ものの本を取るだけなので、全体的に独特なにおいや汚れがある。

主人が不器用にこの棚を完成させた頃には、誰もが気に入ってあちらこちらに指紋がついていた。少女は大好きな本や手紙や勉強道具を入れ、その父や母も余った室に何冊かのお気に入りの本を入れていた。月日が経つにつれて増えていったさまざまな書物は、一糸乱れず閉じられたまま、少女と生活をおくった。棚は影を落とし、時に少女の思い出となって、時のながれを待つことなく乾いては呼吸することを繰り返した。

そして今も、棚はなにも変わらずその部屋にある。まるで、作られたその時をはっきりと覚えているかのように、また賑やかに使われる日が来るのを、ひとつとして疑いなく、信じているかのように。たゆたう自然と時間の流動に、その巨体を任せて。







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140-2

「石-1」

その二千円のシャドウは鏡子にとって、憧れていた母の真珠や父のネクタイピンよりも価値の高い存在となった。デパートの堅苦しい包装を何枚も粗雑に破って姿を現したコムパクトを慌てて抱擁する。膨らみすぎた期待に対して、それは消えてしまいそうなくらい小さかった。


「石-2」

はぁっと鏡を曇らせ、鏡子はチップをゆっくりとつまんだ。緊張と、言語化できない喜びが、ふと目線を上げた鏡に映る自分の顔を美しく見せた。チップの先にシャドウをこすらせ、鏡子は覚束ない手つきでそっとまぶたの上をなぞった。瞬時に父と母の宝物の輝きが、何故かチラと過ぎった。


「音」

タタ、ガコンガコン、タタタタ、プルルルル、プシュー、ギュ、ギュ、ドス、フゥ、ガコン、タタンタタン、タタン、ドクン、ドクンドクン、ス、ハッ、ガラガララ、ザァァ、ビュオ、「好きだ」、「アタシモ」、タタンタタン、タタン、タタ


「獏」

茫漠たる江湖を疑い続けて思った、では正解は何なのか。辿り着いた境地は彼を無にした。ただひたすらに疾走した足跡の一条が割れ、球体の世界が創られた。彼はそこに戻ってきたに過ぎなかった。それに気付いた時、彼は深い眠りから目を覚ました。



ゆっくりと、やっていけたらと思う。

140

そのSNSは投稿の字数が限られている。小説を書けなくなってから長い。まずはリハビリをしようと思った。はじめての二編、140文字小説をこちらに載せる。



「華」

無邪気な疾風がその香りをさらっていった。うなだれていた一輪の老いた紅い花は抗う力もなくしなった。ぷつと切れたひとひらの花弁は、風に乗ろうとしたが無念に地を滑った。程なくして風は止み、革靴が通ると潰された。


「恋」

首筋に虫が這っていた感覚は、電車を降りて改札を出てからもしばらく残った。彼女は首まわりをボリボリ搔きむしりながら、近い背を次々とすり抜けて行く。はっきりと赤く付いたその爪痕は頬までを染めていた。彼女は歩くばかりで痛みに気づかない。



五編書けたら更新する。さてはて。

起死回生

 小説「盆地」を書き終えたのは昨年の今頃だったか。私は生活や環境に感化され、ずいぶんと人間が変わってしまった。カッターで削っていた鋭利な鉛筆の束は埃をかぶっているし、棚の奥にある原稿はもう色褪せてしまっているだろう。いや、まさか。色褪せているのは私の心である。

それでも毎日、小説を書きたいと思っている。三本、下書きだけしていて、ひとつはレモン果汁のように透き通った男女の物語。山奥の一本道で出会った都会の女と旅人の男が、それぞれの行く先へ別れるまで連れになるという話だ。もうひとつは自分の半生の美しい部分だけを抽出した、自叙伝のような創作。そしてもうひとつは、一瞬の光景。

私の手から描かれるのだから、不器用な小説となるに違いない。絶対と断言はできないが、残念なことに、芸術は描いた人間をそのまま写す。

芸術に死す。いつだったかこのブログで書いた気がする。私は現状から起死回生し、そしてまた倒れることができるのか、芸術に。