青に透けた肉塊

君は変人に憧れている常識人だった。

もろもろ

背中に羽根は生えてこない、天変地異は起こらない、願うだけでは叶わない、人間は誰かなくして生きていけない、そんなことに最近気づいたんだ。大人になってからずいぶん時間が経って、気づいたんだ。

太陽は必ず昇るとか、恋に恋をしないとか、全ての物事はつながっているとか、そんなモノを今までは大切にしていたんだけれど、つまらなくなることが時々ある。立ち止まって客観視するより、僕は前へ進んでいきたい。自分にしか見えない道を。

目標がある。できないことをできるって言わない、恐れず怠けずていねいに生きる、どんな人も尊敬する…挙げて数う可からず。いい人になりたいって未だに思っている、気づけてはいるんだ、いい人ってなんだろう。

好きな人がいて、その人は持病のナルコレプシーですぐに寝てしまう。ベッドに入るとおおかた眠る。可愛い姿をよく天使のようって言うけれど、僕は天使を見たことがないからあまりわからない。もしも何かに形容するなら、純粋無垢な子のように可愛らしい。

好きって言葉は伝えづらくて、心臓の奥から舌の上までゆっくりしている間にくるまってしまう。それでも心から明瞭な声で、澄み切った気持ちで言えた時に僕はすごく幸せになれる。きっとその人も。


なんでもいいから、溢れるままに書いてみようと思った。
 
簡潔は伝わりやすい、率直であると心を動かす、比喩的に書けばまわりくどいが面白さが増すだろう、感情表現は想い、意志、優しさ・・・。文章は、絵画と音楽の性質や特徴を含有し、きわやかに具現化する芸術である。文章は、時におもちゃのようになり、時に鋭利な武器にもなる。そして私があらゆる文章に通じて思い馳せることは、不完全な完成。
 
今日もまにまに、考える。
私の探し求めている答えはきっとない。自分の型に合う人間がいないように(自分の型が常に変化しないのはおそろしいことだ)過不足のない正解は、この世に、存在しないだろう。人類はそんなことに気づかずに命をつないでいく。誰が何世紀先のために今を生きているのか。まあ、そんなことははじめからどうだっていい。
 

いつだってどうだっていいことを憂える。
大切な話をしようか。
  
挨拶
喜び
ちょっと静かに
感情のない
事実
未熟な否定
ありがとう
 
 
こんなにたくさんのもの、全てを肯定し受け入れてくれるとしたら?
 
 
したら。

詩う

わたくしは
わたくしは
指折り数えて
待つようになりました
お前を
お前を
断ち切ってはばたく
その日を

わたくしは
わたくしは
永遠の愛を誓いました
お前とは
お前とは
姿形も中身も違う
ある独りの阿呆へ

生きているのか
死んでいるのか
楽しいのか
悲しいのか
わからない
かわらない

不思議なものだ
お前とわたくし
誰も知らない
誰もが忘れて
傷だけが残った
涙だけが枯れた

今どこにいるの
野暮
今幸せでいるの
愚問

生まれ変わったら
また、会えるかな

起死回生

 小説「盆地」を書き終えたのは昨年の今頃だったか。私は生活や環境に感化され、ずいぶんと人間が変わってしまった。カッターで削っていた鋭利な鉛筆の束は埃をかぶっているし、棚の奥にある原稿はもう色褪せてしまっているだろう。いや、まさか。色褪せているのは私の心である。

それでも毎日、小説を書きたいと思っている。三本、下書きだけしていて、ひとつはレモン果汁のように透き通った男女の物語。山奥の一本道で出会った都会の女と旅人の男が、それぞれの行く先へ別れるまで連れになるという話だ。もうひとつは自分の半生の美しい部分だけを抽出した、自叙伝のような創作。そしてもうひとつは、一瞬の光景。

私の手から描かれるのだから、不器用な小説となるに違いない。絶対と断言はできないが、残念なことに、芸術は描いた人間をそのまま写す。

芸術に死す。いつだったかこのブログで書いた気がする。私は現状から起死回生し、そしてまた倒れることができるのか、芸術に。