小説「盆地」を書き終えたのは昨年の今頃だったか。私は生活や環境に感化され、ずいぶんと人間が変わってしまった。カッターで削っていた鋭利な鉛筆の束は埃をかぶっているし、棚の奥にある原稿はもう色褪せてしまっているだろう。いや、まさか。色褪せているのは私の心である。
それでも毎日、小説を書きたいと思っている。三本、下書きだけしていて、ひとつはレモン果汁のように透き通った男女の物語。山奥の一本道で出会った都会の女と旅人の男が、それぞれの行く先へ別れるまで連れになるという話だ。もうひとつは自分の半生の美しい部分だけを抽出した、自叙伝のような創作。そしてもうひとつは、一瞬の光景。
私の手から描かれるのだから、不器用な小説となるに違いない。絶対と断言はできないが、残念なことに、芸術は描いた人間をそのまま写す。
芸術に死す。いつだったかこのブログで書いた気がする。私は現状から起死回生し、そしてまた倒れることができるのか、芸術に。